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RESEARCH

環境DNA学の確立

Establishment of environmental DNA (eDNA) science

 環境DNAとは、水や土などに含まれるDNAの総称で、生物活動を通して体外に放出される皮膚片や粘液、排泄物などに由来すると考えられています。たったコップ一杯の水、スプーン一杯の土の中にも、様々な生物に由来する環境DNAが含まれており、これらのDNA情報を読み取ることで、実際に見たり捕まえたりせずとも、そこにどんな生き物がどれくらいいるのかを推測することができます。現場での作業は採水・ろ過に限られるので、個体や生息地にダメージを与えずに済みますし、より多くの地点での調査を継続的に行うことができます。また、PCR (ポリメラーゼ連鎖反応) 法による環境DNAの検出は、捕獲や目視では見つけられない生物の在も、比較的簡単かつ高い感度で明らかにできます。

 ほんの10年余りで、この環境DNA技術は世界中に急速に広まり、画期的な生物モニタリング手法として大きな注目を浴びるようになりました。その一方で、環境DNAがどれくらい近くの・最近の生き物の在を意味するのか、私たちは未だに明確な答えを持っていません。こうした環境DNAシグナルの時空間スケールは決して一定ではなく、生物種や環境条件によって大きく変わるかもしれません。また、環境DNA量は生物量に比例しますが、具体的にどれくらいの環境DNA量がどれくらいの生物量を意味するのかが分からないため、環境DNAから「どのような」生物がいることは分かっても、「どれくらい」いるかを正確に知ることは簡単ではありません。

 こうした環境DNA技術における不確実性を解消するためには、環境DNAがどのような性質を有し、どのような動態を示すのかを知ることが大切です。具体的には、

・放出:環境DNAはどのような組織/器官に由来し、どのような放出プロセスを経るのか、それは環境条件とどう関連するか

・移流拡散:放出された後、環境DNAはどのような移流/拡散/沈降プロセスを経るのか、それは環境条件とどう関連するか

・分解:検出されなくなるまでに、環境DNAはどのような分解プロセスを経るのか、それは環境条件とどう関連するか

・状態:環境DNAはどのような細胞学的・分子学的状態で存在するのか

 例えば、現場で測定される環境DNA量は、その増加量 (放出) と減少量 (移流拡散・分解) の差分で決まります。そして、これら環境DNAの動態は、その性質 (放出源・状態) や環境条件と複雑かつ密接に関連しています。そのため、こうした環境DNAの基礎研究を積み重ねることで、環境DNAの検出結果と生物の在を適切に結びつけ、環境DNA技術をより信頼できるモニタリング手法へと発展させることができます。私は、水槽実験や野外調査に加え、統計モデリングやメタ解析、数値シミュレーションなど様々な研究アプローチを駆使することで、環境DNAの性質と動態を多角的に捉え、学問分野としての「環境DNA学」の確立に貢献したいと考えています。

環境DNAに基づく生態系の保全管理

Ecological conservation and management based on eDNA

 環境DNA技術を用いた在来希少種や外来種のモニタリングにも携わっています。私たちは、サンフィッシュ科のブルーギル (Lepomis macrochirus)、オオクチバス (Micropterus salmoides)、コクチバス (M. dolomieu) の環境DNAを対象としたマルチプレックス・リアルタイムPCR系を設計し、 ため池やダム湖での分布モニタリングに適用した結果、従来法と同等もしくはそれ以上の検出感度でありながら、はるかにコスト効率的な調査ができることを示しました。同様に、カワバタモロコ (Hemigrammocypris rasborella)、ミナミメダカ (Oryzias latipes)、ドジョウ (Misgurnus anguillicaudatus) の環境DNA同時検出系を設計し、ため池での迅速かつ高感度な分布モニタリングを可能にしました。また、属特異的なプライマーと種特異的な蛍光プローブを組み合わせ、流水性のヒダサンショウウオ (Hynobius kimurae)の季節的な分布モニタリングにも取り組みました。

環境RNA技術の開発

Development of environmental RNA (eRNA) analysis

環境DNAに加え、環境RNA (環境中のRNA分子) を用いた生物モニタリングも近年取り組まれつつあります。同一のゲノム情報でも細胞の種類や生理状態によって遺伝子の発現パターンは多様であるため、環境RNAは生物の在不在や量以外のより生理生態学的な情報をもたらすことが期待されています。また、RNAは一般にDNAよりも不安定であることから、より最近/近くの生物情報を反映することも期待されています。しかしながら、魚類など生体外環境RNAの効率的な回収・分析方法には検討の余地が多く残されていると共に、その性質や動態も (環境DNA以上に) よく分かっていません。私は、環境RNAの放出・残存・分解メカニズムなどの基盤情報の理解を通して、より効果的かつ実用的な環境RNA技術の開発を目指しています。

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